シトロエンGS北海道一周ドライブ

38年前、1983年のゴールデンウイークに初めてのシトロエンであるGSパラスに乗って、東京を4月28日早朝に出発。
当時まだ部分開通だった東北道や国道をひたすら走って、青森から最終便の青函フェリーで函館に上陸して時計反対周りに道内を6日半で一周。
帰路は5月5日時間切れでクルマは苫小牧でフェリーに預けて、私達は千歳空港から空路東京に戻って来ました。

この間非力なGSは、本当に一日中走って行き当たりばったりで宿を見つけるまで健気に走り、登りで喘ぎ、下りで喜び、大自然の中を本当に爽快としか言い表せないように加速し、スロットルをオフにするとパラパラパラと心地よい排気音が聞こえて、自動車の旅行とはいえ何か自転車で走ってまわっているような気持にもなりました。

一日を終えると、さながら愛馬を感謝で撫ぜてやりたくなる心境です。
やわらかいフロントシートの前端を左足で挟んで人車一体のドライブはどこまでも疲れを知らずに進んでいきました。
最終日は、とうとう3000kmの行程にサスペンションに異常をきたして左に大きく傾いてのゴールで、考えてみれば勇気の有る(?)ドライブでしたが、これ以外はノントラブルで走り抜けました。
余りの広さにNAVI等無い時代ですから道を聞こうにも人影もなく、一度岐路を間違えると泣けてくるほど戻らなくてはならなかったり、夜が更けて暗闇に宿が見つからず助手席の彼女と険悪になった時、ふとライトの先を見るとキタキツネが此方を見つめていたりしました。

写真はそんな困り果てて美瑛の町営宿舎に泊めてもらった翌朝のスナップです。
生来予約した宿に向かうのは好まず、その日にその場所で探すのは無茶でしたが思いもかけない幸運を感じることも有りました。

町営の銭湯に埃まみれの身体を洗ってこの上なくサッパリして、走る窓からの風に心底来て良かったと心に呟やいたり、後にテレビ放映されるような素晴らしい海女小屋のような囲炉裏焼きの店に偶然行けたり、5月は未だ北海道は春が本場ではなく期待したラベンダーなど花畑は何処にもありませんでした。
知床有料も未だ開通していなくて唖然としました。

思いつくまま書き連ねましたが我が、人生最高のドライブだったと掛け値なしに思っています。

これで私の以降のシトロエン人生は決まりました。

シトロエンGS北海道一周ドライブ」への6件のフィードバック

  1. GSで東京から自走して北海道一周とは、若さ故の無謀なロマンがすばらしい!
    安全安心度外視の大冒険で、その時代だからこそできたことかもしれませんね。
    むかし『俺たちの旅』という青春ドラマがありましたが、どことなくそんな雰囲気を感じます。
    最後に左に大きく傾いてのゴールというのが痛々しくも感動的ですが、どうなったのですか?

    • 数日後、フェリー埠頭に取りに行き、さぁどうしようかと思案していたところ、全く偶然なのですが知り合いの友人の方が、前にクルマを見ていて譲ってもらえないかと言ってきたのです。
      現状を説明したのですが、それでもとおっしゃるので買ってもらいました。
      そんなわけで故障の内容も把握していないままの別れになってしまいました。

  2. Thankさん、GSとのロマンチックな旅の思い出をありがとうございました。セピア色に変色した写真も、過ぎ去った過去を否応でも強調して良いものですね。

    38年前といえば、僕は自動車免許を取ろうと一所懸命に頑張っていた頃です。
    いつかはシトロエンと念じながらも、故障が多いとの噂におじけ付いて数台日本車を乗り継ぎ、1987年のBXが初めてのシトロエンです。いまさらですが、勇気を出してGSを買っていたら、もっと濃ゆい(?)シトロエン生活が遅れたろうにと後悔しています。

    • Kunnyさん、コメント有難うございます。
      社会人3年目の購入でしたから勇気は要りました。
      オイル漏れの修理代が給料よりずっと大きくて悩みましたが
      やっぱり素晴らしいクルマでした。

  3. Thankさん
    東京より自走にて GSでの北海道一周ドライブ大変だったでしょうけど素晴らしいですね~。
    実は可成り以前に GS に同乗させていただいた当方の頭の中に在る、シビッククラスの大きさで実現された ”あの乗り心地” で、人車一体のドライブはどこまでも疲れを知らずに進んで行き、結構路面の厳しい箇所も多かったでしょう北海道をぐるっと一周走破されたんですね。
    流石のGS君も3,000kmよく頑張り通してホッとしたのか、最後に左のスフェアかスタビー系でしょうか?ダウンの様でしたね。

    翌朝の町営宿舎でのスナップに、当時 GSのリヤバンパーを押させてもらった時 ファーーンと下がる事に驚愕した事を思い出します。「すべての路面の高低やギャップは私の掌の中にあるんだよ、かかって来なさ~い!」 と言っている様でした。

    同乗での乗り心地と、このファーーンに衝撃を受けた当方は、何を血迷ったか!急にMy-Xantia の穴ホジリに没頭して邪道に邁進し奈落の底(ハイ〇沼)へ落ちて行ったのでした。(笑)

    アナログ時代では、GSのWウイッシュボーンやインボードディスクブレーキはタイヤの動かし方で有効な方法だったと思えますが、現在のジアコーザ式FFでは Wウイッシュボーンは有っても 軽量バネ下のインボードディスクブレーキは無理でしょうから、軽やかなホイルの動きはあまり期待出来ないのかも知れませんね。
    代わりに、現代では堅固なボディやカメラ、電制サス等でウマイコト制御(マッチポンプ?)してアナログ時代のソレを凌駕しているのでしょうが、まあ当方は軽量でアナログな GS方式で十二分満足出来ると思えるんですけれど・・・!

  4. duca900c5さん 
    CGの長期テストの影響で憧れていて会社の上司のクルマを譲って貰いました。
    当時の西武自動車のサービスの方々に助けてもらいながら薄給でかろうじて維持していましたが、オイルクーラーからの漏れには泣かされました。
    しかし素晴らしいシトロエンライフを教えてくれた貴重な出会いでも有りました。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください